木更津キャッツアイで一躍有名になった木更津市をもっと知りたい人!観光スポット・地域情報満載!!

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木更津市の歴史
やっさいもっさい踊り
東京湾アクアライン
中の島大橋
證誠寺
かずさアカデミアパーク
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證誠寺
證誠寺は木更津駅西口の市街地に位置しているにもかかわらず、樹木が生い茂った趣深い寺です。かつては寺子屋として名高く、境内には、市内文人の筆を納めた筆塚があります。
しかし、何と言っても證誠寺といえば「狸ばやし」でしょう。
これは、月夜の晩に和尚さんとおはやしの競争をして、 ついには腹の皮が破れて死んでしまった大狸のおかしくも哀れな伝説で、群馬県館林市茂林寺の「分福茶釜」、愛媛県松山市の「八百八狸物語」と並んで、日本三大狸伝説のひとつとして語りつがれており、大狸を葬ったという狸塚があります。

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 「しょ、しょ、証城寺、証城寺の庭は…」  
また誰もが口ずさんだことのある「証城寺の狸ばやし」は、 大正8年にこの地を訪れた詩人・野口雨情が、狸ばやし伝説をもとに作詩し、中山晋平が曲を付けて発表、以来愉快な童謡として全国で親しまれてきました。
昭和31年には境内に童謡碑が建てられ、現在では、毎年10月下旬に、地元の小学生が狸や和尚さんに扮して童謡にあわせて踊る、楽しい「狸まつり」が催されています。


木更津の名前の由来
「木更津」の名前は古事記の「日本武尊伝説」に由来します。古事記によると、景行天皇の命で東国征伐に向かった日本武尊が、相模の走水(現在の浦賀水道)を船で上総国に渡ろうとした時、海上で暴風に襲われました。その時に一緒にいた日本武尊の妻は「この暴風は海神の怒りに違いない」と悟り、海神の怒りを鎮めるため自らの身を海に投じました。その後、無事に上総国に渡る事のできた日本武尊は、妻のことを想い「君さらず 袖しが浦に立つ波のその面影をみるぞ悲しき」と詠いました。この歌の一節「君さらず」が転じて、「木更津」という地名になったと伝えられています。
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